あしたは 本番だ
Oh なんて たいへんな公演だったでしょう
空中分解寸前でした
朝 はっ とわかった
わたしは ひとりで語るより皆で語るのが好きでした
蝦名さんの 語り 好きでした 木の実は いつも 泣きました。
佐々木さん 島田さんの お弁当も 魂が震える
その震えを抱いて 語る
みんなで つながって 共鳴しあって 聴いてくれる ひととも 共鳴しあって
津波のように 波動が ひろがってゆく
それが こよなく すき 自分一人で語るより
北小 栗橋東 桜田 県立図書館 いろんなところでそれは起きた
ほとんど そうだった
ゆるされるかぎり最上の贅沢な 刻を 共有していた 至福でした
だから がんばれた 夜中まで 何日も準備してもね
公演終わったあと 喫茶店で珈琲を前に しあわせに泣いたものです
このごろ およそ2年前から ふるえない つまらない なぜ なぜ?
と 煩悶してきたのだが
わたしは今朝 やっと 思い付いた 忘れてたことに
戦争と平和の語りは 学校でも他の場所でも 戦争で亡くなった方々の
代わりに語る 代弁の語りでした。
亡くなった方 愛する人を亡くした方の代わりに こらえきれぬ怒り
悲しみを 語るのです。
それだから 亡くなった方々が 喜んでくださった
代わりに語ってくれてありがとうと。
このごろのカタリカタリは お客さまとか 新聞社さん
ケーブルテレビさんに 向かってたのでしょう
メンバーの語りも変わってきていた
透き通った しずかな レクイエム
昔の「波多先生」には 生き残ったのはたったひとり
波多先生は 29歳の若さでした
に 無限の悲しみと 根底に憤りが ありました
原田さんの 「かあちゃん」には
かあちゃん 死んじゃったぞ に 妻を亡くした夫の深いかなしみ
ぼくは信じない に 理不尽なものへの怒りがありました
わたしたちは エピソードをつないで ひとつのものがたりに
しようとつとめてきた つなぐ って なんだろう
戦争で亡くなった方々の悲しみを 命を絶ち切った戦争への怒りを
つなぐ そのなかの ひとのこころのやさしさ うつくしさをつなぐ
でも いつのまにか 絶対悪の戦争への 怒りが消えていった
かもしれない
戦争に対峙するには 憤怒と 慈愛と 両方必要です。
さぁ あした ひとつにつながれるか
戦争で亡くなった方々に 代弁の語りを捧げられるか
来場者に ともに 戦時を生きていただけるか
いい語りが できるか .....
