ヨヨギ城の仙女たち

午後は 芳名帳を見ながら チラシとおたよりを書きました
仲間たちは三々五々 図書館や文化センターにちらしをおい
ていただくよう お願いにいってくれるでしょう。
この仕込みが終われば あとは ものがたりの中に入るだけ
です。
芳名帳のあいだに ちいさなものがたりが はさまっていま
した。たぶん 2002年 語り手たちの会上級セミナー2期
に櫻井先生のすすめではいったころ.....
ヨヨギ城とは セミナーが3年間 開かれた旧オリンピック
村青少年センターのあった代々木のことです。

今 読み直してみると 稚拙ながら 語りというものの
本質をあらわしているのが すでに見えます。そのころ 私
が どんな語り手になりたかったかも.....

研究セミナーは3年間 つづきました。わたしは毎回
遅刻の いけない生徒でした。なにか自分のなかで 踊り出
ようとするものがあるのを感じ それがなにかわからず

正直 セミナーはすこし窮屈でした。そこでわたしは
RADAやLTTAで演劇」をまなび 壌晴彦さんの 60歳からの
シェークスピアで学び 埼玉の劇団に入り 飢えた獣のよう
に 自分のなかからあふれ出ようとするものと 格闘して
いました。

当然 まっとうな 生徒のみなさん とは軋轢が 生じまし
たし はみ出たんですね。
セミナー生は23.4人だったかな いまや 同期の何人かは
NPO法人 語り手たちの会の理事です。じつは わたしも
NPO法人があるのですが 報告が面倒なのでそのままほお
っています。ただ 語れればいい 死ぬまで 語れたなら
本望です。
ヨヨギ城の仙女たちには 続編がありますが どこにいっ
ちゃったんでしょう