ファンごころ ひとはなにを持って語るか
きのうのことです。春のおはなし会が東京であるので 朝からうきうきしていました。なにを隠そう わたしはある語り手さんのファンなのです。語りをはじめて25年目になりますが 一昨年前までファンになったのは 櫻井美紀さんだけでした。どの物語がすきとか そういうのではなくて ひとことでいうなら 存在そのものが 好きなんですね。声にはすべてが含まれますから 生まれてくださって ここにいてくださって ありがとうございます なのです。
髪の毛あらって 美空ひばりさんみたいなヘアスタイル 美空ひばりさんみたいな眉になってしまって シャンソンのレッスンに行きました。なにしろ生徒はふたりっきりなので 休むわけにはいきません。もうひとりのやすこさんが 「今日は マダムね」 と言いました。それから 凛としたMさんの雰囲気にあわせて 白とブルーと差し色の黄色 カサブランカ ストック 水仙 デルフィニュームの花束 を抱え お手渡しする瞬間を夢見つつ 気もそぞろに電車に乗り ぴったり 4時少し前に到着...... ファンごころですね。名うての遅刻魔が遅刻しないのですもの。
狭い業界?なので エレベーターのなかから 知人というかお客さまに声を掛けられ 会場に入ってからも 友人幾人かから声をかけられたりかけたり ...... 当意即妙な司会に拍手喝采しつつ 語り が はじまります。前半4人目の方だったと思います。『石のカヌー』 北東インディアンの昔話
語りを聴きつつ わたしはその語り手さんの顔に見入っていました。......ぼーっと白く浮き上がり ほのかに光がさしているように見えたので ..... 欄間?から光が漏れているのかな と なんどもたしかめたのですが やはり かすかに後光がさしているのです。インディアンの若者が 結婚式の前日に身まかったうつくしい許嫁を 雪深い森の奥にあるという死者の国へさがしにいくというものがたりでした。この世と死者の国の境をひとりの老人が守っています。若者は 魂の世界に行くために 肉体と犬と弓矢を置いてゆかなければなりません。それらを老人にあずけ 境を越えました。
若者は、乳白色の霧がたちこめる......魂の国に入って行き、立ちはだかる大きな木も石も草も 楽々とすり抜けて進んで行きました。肉体のない魂の存在になっていたからです。青い湖の岸に着き、向こうにある大きな島を目指して、石のカヌーに乗ってすすむともう一艘のカヌーが現れ、なつかしいいとおしい娘と出会うことができました。二艘のカヌーは、波にもまれることもなく、島に着き その島は、だれも死ぬことがなく、悲しみもない常夏の楽園でした。若者はいつまでも この島にいたいと願いました。
けれど 『聲』 が 聴こえたのです。「戻れ お前の国へ戻るのだ。お前が果たすべきつとめはまだ果たされていない。お前はいつの日か、部族の首長になるだろう。お前が務めを果たし、お前の時が終わったら、私がお前を呼ぼう。娘はいつまっでも若くうつくしく この島で待っている 時が着たら お前は、また この島に来て、娘と会うだろう。」
わたしは すこし 震えていました。その聲 が まさしく神の聲だったから....... そして語られるべきものがたりだったから。動悸が激しくなり 頬が上気し わたしは その場にいたたまれず 中座しました。
呼吸をととのえて 前半が終わった 会場に戻ったとき その語り手さんと すこし 話しました。「語りの神さま 降臨なさってましたね 」「ほんとですか?」と語り手さんは 大きく目をみひらきました。
「つたえなければ.....と思ったのです つかってくださったのでしょうか 」「つかってくださいましたよ 」「それだけでじゅうぶんです」その方の目に涙が滲んでいました「わたしも いつも 語る前に祈ります おつかいくださいと.... 」その方は もうひとことふたことおっしゃいましたが記憶にありません。 25年 語ってきて おなじように 祈って語っている方に会えたのは はじめてです。
後半の二話も 力のこもったモノ語りでした。お目当ての語り手さんのおばあちゃんと少年のおはなしは わたしが想像した 江國かおりさんやカポーティの原作ではなかったのですが 少年の聲はまだ脳裏にこだましています。語りの本質は 生と死 そして 再生 その本質をしっかり踏まえた すばらしいおはなし会でした。
終わったあと 花束を わたすことが できたかって!? もちろん わたすことができました。もうひとつ ちいさな花束を持って行ったのですが それは 『石のカヌー』の方にわたしました。駅までたった五分の道のりを30分かかって 駅までゆき プロトンで ハイボールを片手におはなし会を反芻し 雨が 霙に 霙が雪に かわるのを 車窓に眺めながら 帰りました。降る雪のように ふわふわと とりとめなくしあわせでした。 ありがとうございます。